自己肯定感が高すぎる私はあっという間に頑固おばばになるんだろう

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インドで働くさかみです。今日は自己肯定感が高すぎる私に自分で注意勧告するためのコラムです。

さかみ自己肯定感高すぎ問題

サムネイルの画像、中学校の卒業アルバムに当時の国語の先生が書いてくれたものなんですが、中学校から自信過剰だったらしいです、私。

真海様
自信過剰でしばらく生きてみよ〜
思い切りなんでもトライ、やってみよ〜
今後の大活躍が期待できます。
興志平洋子

(引用元;さかみ中学校卒業アルバム寄せ書き)

この寄せ書き、中学校卒業から10年経った今でも褒められた記憶として残っていて、ふと思い出して沖縄の母に写真取って送ってもらいました。

「自信過剰」と言われているのに褒められたと思っているあたり、私の自己肯定感のすごさがわかっていただけるかと思います。笑

自己肯定感を育ててもらったことは感謝

自己肯定感が非常に高い私ですが、基本的に自己肯定感が高いことは良いことだと思っています。人生生きやすいから。

自己肯定感って多分、どうやって育ってきたかが一番の鍵を握ると思うのですが、私は沖縄の公立中学出身でちょっと勉強すれば上位になれたから勉強で褒められ、元々ちょっとスポーツできたからスポーツでも褒められ、親も褒めて伸ばす主義だったのでやっぱり褒めて育てられた気がします。

私の性格上、怒られたことはすぐ忘れるのに褒められた記憶はずっと残っているから、それも自己肯定感が高くなった理由かもしれません。

国語の興志平先生しかり、両親しかり、私の自己肯定感を育ててくれた周りにはとても感謝しているし、両親からもらったものの中で一番価値のあることの一つだとも思っています。

でも、自己肯定感が高すぎることによって結構大きな弊害もあるらしいんです。結構、大きな欠点になりうるらしいんです。

自分だけが正しい頑固者

最近ある人に私の欠点というか、弱点というか、それをいくつか教えてもらったのですが、その人が指摘してくれた私の欠点は全て腑に落ちるものだったのに、全然それに気づいていなかった自分にショックを受けました。

それってなぜかと考えてみると、自己肯定感が高すぎて自分を外から見ることができてなかったからだと思うんです。

自己肯定感が高すぎると、自分の決断、行動、すべてが正しかったという結論に至りがちなので内省をする時間が少なくなる。そうすると、自分を客観的に見れなくなってしまう。

自分の意見を持つことはいいことだと思う。はっきりと好き嫌いがあるのも悪くないと思う。でも無意識に自分の世界を作ってしまうと、周りから学ぶことができず、学ぶ機会にさえ気づくことができず、結局自分だけが正しいと思っている頑固者になってしまう危険性が高いと気づきました。

私、このまま行くとただの頑固おばばになっちゃう!!!やばいよやばいよ!!(急な出川哲郎)

バランス感覚と思考の柔軟性

常々、バランス感覚がある人になりたいと思っていました。柔軟な考えができる人になりたいとも思っていました。そして、自分のことをそれなりにバランス感覚がある方だとも思っていました。でも、全然そうではないっぽい。というより、ある面ではバランス感覚あるけど、ある面では全然ないっぽい。

今回私の欠点や弱点を指摘してくれた方は、私が今なら指摘してもちゃんと聞き入れると思って、タイミングを見計らって、私自身の否定にならないように丁寧に言葉を選んで、教えてくれました。何のメリットもないのに私に親切心で教えてくれました。

私の性格上、タイミングを見誤ると、欠点を指摘しても「いや、私は私だし!」って反発してしまうことが見えていたのでしょう。

こんな風に、欠点や弱点を指摘してくれる人は年を取るごとに年々いなくなっていく。指摘してくれる人がいるうちに、自分を客観的に見る訓練をしてみようと思います。

自己肯定感は高いままで、自分を客観的に見て、バランス感覚と思考の柔軟性をやしないたいです。

さかみ、絶対頑固おばばにはならないよ!!!ならないよ!!

 

 

さかみ

 

 








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