「うちは女の子だからいいの。」っていうあれ

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昔読んだブログ記事で、ずっと引っかかっていたものがある。
それがこの記事
「女の子だからいいの」(記事元;お留守番の女王)

自分の子供が女の子だから高望みはしないという親が結構多いという話。
この記事を読んだ時にはちょっと引っかかっていた程度だったけど、インドに来てからこの点について考えるようになった。つまり、「女の子が頑張ったらかわいそうなのか」ってこと。

日本でも生きていけるのにインドに来て働くことを選んだ私。
ここに来た方が成長できると思ってわざわざインドに来た私。
本当に頑張っているかどうかは置いといて、頑張ろうとしている女の子である。
(成人して3年経過した私を女の子と呼ぶかどうかは置いといて・・・笑)
そんな私は可哀想なんだろうか。

「女の子だからいいの」というこの考え、私は賛同はしないけど、まあなんとなく理解できるコンセプトだと思う。男社会に混じって男みたいに働いて、頑張る女性はちょっと可愛くないよね。ってことだよね。例えば政治界出で言うと小池百合子さんとか、鉄の女マーガレット・サッチャーとか?男社会に飛び込んでトップにまでなったお二人。確かに可愛げはないかもしれない。

でも、女の子だから頑張らなくても生きていけるんだから、そこそこで生きていきなよ。その方が幸せになれるよっていう考え、それってもう相当古い考えなんじゃないかな。そうやって子供に言い続けた先に幸せが待っているとは限らない時代になったんじゃないかな。

日本の経済成長も落ち着いて、人口がどんどん減少。貧困老人とか若者の貧困が話題になる時代。社会に出ている女性は多い。そんな日本において、女の子だから頑張らなくていいっていうのはもう普遍的なコンセプトではないと思う。

男か女かにかかわらず、容姿は良い方がいいし、勉強もできた方がいいし、収入も多い方がいい。
女性のほとんどが経済的に男性に頼っていきて行くというのが当たり前という時代はもう終わりでしょう。
キャリアウーマンとか鉄の女になりたいのではなく、「普通に社会に出てやりたいことしたい」という女性は多いと思う。それなのに親が「女の子だからそこそこでいいのよ。」そういう考えを持って子供に接し続けるのって、子供にとっては毒なんじゃないかな。
だって、「そこそこでいいんだよ」って言われて育っても、そこそこでいいと思って生きてきた人が選べる選択肢はとても少ない。その選択肢がたまたま自分の選びたい道だったらいいんだけどさ。

ここで注意したいのは、私は「皆んなバリバリ頑張って生きていこうぜ!女も働こうぜ!」と言いたいわけではないということ。
別に、どうやって生きていってもいいし、働いても家庭に入ってもなんでもなんでもいいんだけど、「女の子だからいいのよ。」と子供に言い続けることでその子の人生の選択肢はどんどん狭まっていくんじゃないかなってこと。女の子だから心配だと思って、「うちは女の子だからいいの。」って言うの、もう時代遅れで子供のためにならないからやめたほうがいいと思う。

 

おまけ

先日三原じゅん子さんに「働かなくていいんだよ」って言った 大西英男衆院議員。
それについて語ったちきりん(@inasideCHIKIRIN)さんのツイート。

 

「女の子だからいいの。」という親心は、「女のくせに」っていうおっさんの考えと紙一重なのかもね。

 

 

さかみ

 

 

 








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